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GIFUコレ!情報局42

池田町「池田恒興・元助父子」が眠るまち♪

<GIFUコレ!情報局42>

岐阜県内42市町村の

ギフレンド・エリア・メッセンジャーの皆さんから、

今 推したい魅力ある情報をお届け。


■池田恒興・元助父子の墓

放送中の大河ドラマ「豊臣兄弟!」でも

熱く描かれている戦国時代。


実はその物語の鍵を握る重要な人物、

池田恒興とその息子・元助の墓が

池田町・本郷にある龍徳寺の西側に位置しています。


織田信長公と乳兄弟という、

家族同然の深い絆があった池田恒興公。

信長公からの信頼は非常に厚く、織田家の中でも特に重要な重臣として、

桶狭間の戦いや長篠の戦いなど、数々の歴史的な戦に参加しています。


また、武勇だけでなく政治や統治の能力にも優れていて、

丹羽長秀公や柴田勝家公と並んで、

信長公の天下統一への道を支えた“右腕”的な人物でもありました。


さらに、本能寺の変のあとに開かれた

あの「清洲会議」にも出席しています。

この会議は、信長公亡き後の織田家の後継や

勢力図を決めるとても重要な場でしたが、

恒興公は羽柴秀吉公に近い立場で動き、

信長公の孫・三法師を後継とする案を支持したと言われています。


恒興公は、信長公の側近として織田家を支えただけでなく、

“信長亡き後の時代の流れ”にも大きく関わった人物なんです。


そんな恒興公がなぜ池田町に眠っているのか。

元々、恒興公の父・池田恒利公が池田町萩原に住んでいて、

恒興公も池田町で生まれたと言われています。

また、恒興公の祖先である池田教依公が墓を管理する龍徳寺を

14世紀中頃に再興したとも言われ、

以後は池田氏の菩提寺として、保護されていた背景もあり、

池田町との歴史的な繋がりは非常に深いとされています。


池田恒興・元助父子の墓を訪れた際には、

ぜひ墓所内にある恒興公の家臣

計23人を供養した烈忠塔に注目してみてください。

恒興父子と共に小牧・長久手の戦いで戦死した家臣たちで、

多くの家臣に慕われた武将であったことを知ることができます。


織田信長公や豊臣秀吉公と

日本を代表する2人の武将を支えた

重要人物のゆかりの地である池田町。

ぜひ「豊臣兄弟!」放送中に訪れてみてはいかがでしょうか?


池田恒興・元助父子の墓

〒503-2417

岐阜県揖斐郡池田町本郷1341番地1 龍徳寺地内

https://www.town.gifu-ikeda.lg.jp/kankou/0000000533.html